11月15-16日

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ここ数日、久々に頭痛の虫が疼きだしていてテンションがズドーンと低くなるときがある。困る。

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起床。出勤。就労。
たまにはリハーサルやりたいだろ、打刻はしといてやるから帰っていいぞ。というボスのクールな提案により早退してライブハウスへ。グチャグチャした演奏を披露したうえに、他人のステージにまで乗り込んで、あぁ楽しい。ライブハウスのPAが高校の頃の部活の後輩だったり(全然気付かなかった)、こいつに感情なんてものがあるのかしらん、と思っていた人がボロボロ泣いていたりして、なにかと驚かされた。打ち上げ後、果てしなく眠たくなって車の中で転寝。車内ではずっとエレファントカシマシが流れていた。生まれたことを悔やんで辛い辛いと一生懸命同情を乞うて果てろ、って歌が流れてた。

翌日。

起床。雨降り。出勤。
「昨日、メール送ったけど届いたか?」というボスの発言により、ボスのメールを無視していたことに気付く。焦ってる人間の国語力は異常なまでに低い。それを身をもって実感する。
夜、幼稚園来の知人と会う。二年くらいお金を貯めて世界一周しようと思ってるんだ、一緒に行かない?、と彼。どこまで本気か知らないけれど、とりあえず断らせてもらう。それは無理だよ、と。本当は、うん、と二つ返事で快諾できる人間になりたかった。もっと破天荒な、未来を考えることをしない人間になりたかった。でもそれはやっぱり無理で、自分はもっと普通な人生を歩むことしかできない人間だから。だから彼の生き方が羨ましい。そう彼に話すと、いや普通に生きることほど難しいことはないよ、なんて事を言いやがる。僕もそう思っていたけれど実際は結構簡単だったよ、普通に生きるのは、と僕。もちろん普通に生きることが難しいと言う彼は正しいし、一方で簡単だと言う僕も正しい。彼からみれば彼の感覚が正しいし、僕から見れば僕の感覚が正しい。これはそういう話だから。結局のところ人はその人にとって無理のない道へ流れていくように出来ている。それを「運命」だとか「宿命」だとか表現してもいいのだけど、それはちょっと僕の趣味と違う言葉なんで使わない。「なるようになる」ってのが好き。ケセラセラ。なるようになったんだよね。僕もあなたも。