ハナムグリのように

日々のあわ 思ったこと、聴いた音楽や読んだ本のことなどを

雑記 とりとめもなく(秋についてのいくつか)

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季節の始まりはいつだって突然なのに、終わるときは何故だか曖昧。

 

 

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深夜、遠くを走る電車の走行音がいつになく明瞭に聞こえてくる。

秋になって昼間と夜の温度差が大きくなると、上空に空気の層ができ、それに遮られた音は空へ抜ける事が出来なくなる。逃げ場を失った電車の走行音は、遠くの僕の住む家までガタンゴトンとやって来る。今晩は随分と気温が下がるらしい。電車の音がクリアに聞こえるようになって、あぁ秋になったんだなと気がづく。空の反響音に秋の訪れを教えてもらう。

 

 

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秋がきて金木犀の香りが‥、なんてお洒落なセリフを言えたらいいけれど、恥ずかしい事にここ数日の間、金木犀の香りを思い出せないでいる。甘い香りだってことはなんとなく覚えているのに、そのディティールは思い出せない。もちろん知らない訳じゃない。嗅いだら、あーこれだ!となるんだろうけれど、いざ思い出そうとしてもギリギリのところで出てこない。銀杏の匂いならすぐにでも思い出せるのに。

この、嗅げば分かるけれど思い出せないという感覚は、漢字を読めるけれど書くことができない感覚になんとなく似てる。ちなみに僕の中で読めるけれどギリギリ書けない漢字の筆頭は正に「金木犀」だ。金、木、は書けるけれど「犀」ってなんだっけ?ギリギリで書けない。普段はまず使わない漢字だし、動物のサイ(犀)だよと言われてもピンとこない。犀を漢字で書くことなんてまずない。「銀杏」なら迷わず書くことが出来るのになぁ。これもまた。

 

なんて思っているうちに「金木犀」と「銀杏」の対比構造に気がつく。

「香気」と「臭気」、「金」と「銀」、「思い出せない漢字」と「思い出せる漢字」、「思い出せない匂い」と「思い出せる臭い」

って、今年一番どうでもいい気付きだ。秋になって今年一番を更新。

 

それにしても、銀杏が「銀」なのは何故なんだろう。ネットで調べてみると、銀杏の実が銀白色であるのが由来らしいけれど、どうも納得がいかない。だって、イチョウの葉は金木犀の花とは比べ物にならないくらい圧倒的な鮮やかさで秋の街を金色に染めているじゃないか。

 

 

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秋になって、カボチャが食べたくなって、南瓜プリンと南瓜のチーズケーキを作った。

お菓子を作る度に思うけれど、このお菓子作りってやつは本当に難しい。少しでもミスを犯すと形すらまともに整わない。持論ではあるけれど、お菓子作りが得意=人として優秀だと言ってもあながち間違いではないはずだ。それくらいお菓子作りは人の総合的な能力が問われる作業だと思う。

例えば、レシピ通りにおいしく仕上げるには、材料を正しく調達し、分量を正しく計測する正確性が必要になる。そしてそれらの分量を意図して変えた場合には、他の食材の分量や焼き時間も的確に変更できる想像力や柔軟性を持っていなくてはならない。さらに、作業を無駄なく効率良く進めるためには正しいプライオリティの判断ができなければならないし、洗い物をしてキッチンを綺麗にするまでを抜かりなく行うには、仕事をやり遂げる責任感が必要だ。そして何より、お菓子を作って人に振舞おうと思うには、それなりのサービス精神や優しさが無いと成り立たない。人間力が試される作業だと言っていい。冗談で無く、企業の人事担当は採用試験に「お菓子作り」を加えても良いのではないかと思う。きっと優秀な人材を選別できるはずだ。

ちなみに言っておくと(あえて言う必要はないけれど、誤解されないように伝えておくと)自分はお菓子作りがとても下手だ。今回作ったチーズケーキは羊羮のような歯ごたえになった。何を間違えたんだろう。

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「春夏に恋をしたくなるのは若い人で、大人になると秋冬に恋をしたくなる」

というロマンチックな文章がスマートフォンのメモ機能に書かれていて、きっとこの言葉を思いついてメモした背景には、この事実には生物学的な理由があるはずだから後で調べてみよう、なんて気持ちがあったはずなんだけれど、今の気分ではそんな事どうでもいい。この言葉の持つ、全身痒くなりそうなキザっぽい雰囲気が面白い。生物学的な理由なんていらない。理屈はロマンチシズムを台無しにする。