ハナムグリのように

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残像に口紅を

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先日、某古本屋で購入した筒井康隆の『残像に口紅を』を読んでいたら、最後のページにハガキが一枚挟まっていた。どうやら、前の持ち主が何かの都合で挟んでおいたか、もしくは偶然に紛れ込んでしまったかしたものを、古本屋の店員が気づかずにそのまま店頭に並べてしまったんだろうと思う。挟まっていたハガキは前の持ち主宛のダイレクトメール。ただのダイレクトメールだけど、これだけでも結構な個人情報が入手できる。
まず名前。ここでは取り合えずTさんとしておくけど、もちろんフルネームでわかってる。そしてTさんの住所、郵便番号。なるほど、名古屋市東区にあるマンションに住んでいるのか。あとダイレクトメールの送り主から、Tさんがイラストを中心としたフリーペーパーを定期購読(いや、フリーペーパーだから購読ではないか)していることがわかる。 そして、ここからは推測の話。


Tさんが読んでいるフリーペーパーはポップなイラストが中心なので、対象ユーザーはきっと20代から30代だと思われる。きっとTさんもその枠に入るだろうから、Tさんは市内のマンションに一人暮らししている働き盛りのサラリーマンといったところだろうか。Tさんはおそらく読書家だ。何故かと言うと、通常、本を古本屋に持っていくときは2〜3冊といった単位では持っていかず数十冊、あるいは百冊を超える単位で持っていくからである。本一冊の買取値段などたかが知れているから、2〜3冊持っていったところで百円程度にしかならないというのがその理由だ。つまり、Tさんは売っても良い本を数十冊、数百冊と所持している、つまり読書家なのだ、と考えられる。
しかし気になるのは市内で一人暮らしをしている働き盛りのTさんが何故本を売る必要があったかということだ。僕はTさんが売った『残像に口紅を』を100円で購入したから、買い取り価格はきっとその三分の一か、もしかしたらそれ以下かもしれない。30円くらいだろうか。Tさんが50冊買い取ってもらったとしても1500円にしかならない。自分の愛蔵書50冊を売って1500円だ。Tさんは相当、お金に困っていたに違いない。でなければ1500円なんてはした金の為に本を50冊売るなんてことはない。では何故、働き盛りであるTさんはお金に困っていたのだろう。ハガキの消印は06年8月2日。この時点ではポップなフリーペーパーを読めるくらい精神的ゆとりがあったのだから、Tさんはお金には困っていなかったと思われる。しかしその後の、僕がこの本を購入するおよそ6ヶ月の間に、Tさんに金銭がらみの問題が発生した。そう考えるのが妥当だろう。では、その問題とは何か。
20〜30代の未婚男性が抱える金銭問題といえば、その原因はギャンブルか女に貢いだかのどちらかだと、相場は大体決まっている。Tさんはどちらだろうか。僕が思い描くTさんはどちらのタイプでもない、非常に堅実な男だ。しかし、このままでは話が進まないので、どちらかに決めなければいけない。 よし、決めた。 女だ。 理由はTさんが筒井康隆を読む人間で、僕の知る限り筒井康隆が好きな人は女好きで、ヘンタイで、かつ純粋だからだ。
Tさんには付き合って2年になる彼女がいる。Tさんは彼女にべた惚れだ。けれど、この彼女がまたとんでもない女で、やれブランド物が欲しいだの、やれ新車が欲しいだの、やれ浜崎あゆみのコンサートをS席で見たいだのと、結構お金のかかる注文をする女なんである。それも、それらの物欲は全て男が満たしてくれるものだと信じきっていて、自分は働いているのに一切お金を払おうとしない。そのくせ自分はちゃっかり貯金をして老後のことを考えているのである。もちろん年金も払ってる。ふてい奴だ。ある日、そんな彼女が、いつものように無茶を言い始めた。「レゲエダンスに目覚めたわ。覚醒したのよ、だから本場に行かなきゃいけないの。ジャマイカよ。」と。逆上がりもできない君の運動神経じゃダンスは無理だよ、と言うTさんの忠告を他所に、彼女は荷造りを始めている。「お金がかかるのよ。お金を下さらない?」 あぁ、この子はわがままを言うときにお嬢様口調になるなぁ、と、まるで他人事のように考えながらも「いくら必要なの?」と真面目に訊ねてるTさんは愚かだ。結局、Tさんは貯金を全部下ろし、大好きな筒井康隆の本を古本屋に持っていき、彼女の留学費用を工面した。「僕はどうしたらいいの?」「日本で待ってて」 彼女は今、ジャマイカで腰を振っている。

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たかがDM一枚で、Tさんの人生に色を塗って (まさに‘残像に口紅を’塗って)楽しめる自分は幸せだと思う。
それにしても、想像とはいえTさんには悪いことをした。 すいませんでした。