変わる数字 変わらない数字
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終戦記念日が近づくにつれて、テレビで「戦後74年」の文字を見かけることが多くなった。この「74」という数字に対して、「もう」と思う人もいれば「まだ」と思う人もそれぞれいるだろうけれど、自分は毎年のように、もうそんなに経つのかぁ、なんて驚いている。
もちろん自分が生まれたのは戦後も戦後、大戦の面影なんて一切残っていない1985年。だから、物心ついた時から戦争は随分と昔の出来事という認識でいるけれど、それでも毎年のように戦後の年数に驚くのは、自分の中で戦争は「50年前の出来事」という認識をしてしまっているからなんだと思う。
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終戦50周年は1995年。僕は10歳だった。同じ年の上半期には阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件といったセンセーショナルな出来事があって、それまで半径数メートルの世界でしか生きていなかった子供の僕にも、明確に「外の世界」が感じられる年だった。家族や友達の外にも無限のように世界は広がっていて、現在進行形で様々な事件が起こっている。そんな当たり前のことを理解した1995年。
テレビでは連日のように震災やオウム関連のニュースが流れていて、10歳の僕にはその全てがインパクトの強いものだった。テレビを通して社会を知ることで、自分が少し大人になった気がした。そして夏になると終戦50周年を記念した特番が流れ始めて、恥ずかしながらその歳になって初めて「戦争」というものを理解した。いろいろな番組で「終戦50周年」の画面に文字が踊っていたこともあって「50」という数字は強く脳裏に焼き付いている。この時期に僕は「戦争」=「50年前の出来事」という認識をしてしまった。
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子供の頃に覚えた数字というのは、たとえそれがアップデートを必要とする数字だとしても、意外なほどにそのまま頭に残っている。
僕にとっては「終戦50年」がその顕著な例だし、他には「世界人口」なんかもアップデートが追いついていない数字の一つだ。
僕が子供の頃に覚えた世界人口は60億人だった。なのに、数年前に70億人を超えたと知って驚いたことがあって、さらに今では77億人に膨らんでいるという。この20年間で17億人も増えたのか?いくらなんでも増えすぎだ。少子化高齢化が叫ばれている日本の人口だって、昔は「約1億人」で覚えていたのに、現在は1億2631万人もいて「一億総◯◯時代」というテンプレートが使いづらくなっている。数字はどんどん変わっていくのに、頭の中でアップデートが全然追いついていない。
その他にも、例えば歴史年号なんかも変わっているものがあるらしい。僕が子供の頃、大化の改新が起きたのは「無事故(645)で良かった大化の改新」と語呂合わせで覚えていたから、もちろん645年。ところが、今の教科書で大化の改新は646年と表記されているそうだ。歴史の教科書まで変化していく。
知らないうちに数字はどんどん変わっていく。
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その一方で、統計や歴史に比べると理数系の数字は変わることがないから安心できる。子供の頃に覚えた、理科の教科書に載っていたような数字は今でも現役だ。
例えば、音速は秒速340mで、光速は秒速30万km、みたいな数字。光は太陽まで8分で到達して、一秒間で地球を7週半回ることが出来るといった数値は、今も昔も変わらない。そして秒速30万kmで地球を7週半回れるということは、地球の外周は4万kmということで、この距離も変わらない。
ちなみに外周が4万kmぴったりなのは、そもそもメートルの定義が「赤道から北極点までの長さの10000万分の1」と定められているからで、つまり「地球の外周が4万キロ」なのではなくて「4万キロが地球の外周を指している」ことになる、なんていう、理科の教科書の隅っこに書いてあったような(そしてテストには出なかった)数字は、今も昔も変わることがない。
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と、思っていたけれど、念のためグーグルで検索してみて驚いた。
地球の外周はぴったり4万kmだと、その理由も含めて覚えていたのに、実際のところ地球は完全な球体ではなく楕円になっているから正確には40,075kmなんだそうだ。さらに光速は秒速30万kmよりもちょっと遅いらしいし、太陽までは正確には8分20秒かかるらしい。なるほど。小さい頃に覚えた数字はそもそも正確じゃないから、大人になったら結局アップデートしなきゃいけないのか。
思えば、「ゆとり教育」を受けた世代は円周率を「3」から「3.14」 にアップデートしなきゃいけない訳だし、理科や数学の教科書にもアップデートが必要な数字は溢れているのか。
結局、世の中は変わる数字ばかりなのかもしれない。こっちは自分の年齢をアップデートしていくだけで精一杯なのに、気を許しているうちに周りの数字が全て移り変わっていく。
まぁ、生きるって、きっとそういうことなんだろうけど。
こんな隙にも、世界人口は増え続けているはずだし、僕の体の中だって、細胞の数が増えたり減ったりを繰り返しているに違いない。全ての数字は移り変わる。
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全ては移り変わっていく。そんなタイトルが付いたジョージハリスンの曲がある。
1970年に発表されたビートルズ解散後初のソロアルバムにして、ロック史に残る大名盤『All Things Must Pass』のタイトルトラックだ。この曲の発表は1970年だけれど、僕はその前年の1969年に録音されたdemoバージョンが大好きで、今でもよく聴いている。
それにしても、1969年って随分と昔だなと思う。半世紀も前だ。僕の中でビートルズは30年前に解散したバンドという認識だったのに、気がついたら50年前のバンドになっている。これも自分の中でアップデートできていない数字の一つ。
The Beatles - All Things Must Pass (assembled from rehearsals
ジョージの弾き語りバージョンが貼り付けられなかった