ハナムグリのように

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猫と言葉 手に入れたものと失ったもの

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最近の野良猫は警戒心が強い。

一定の距離を保ってこちらを観察して、気安く撫でさせるなんてことは絶対にない。こちらから近づこうものなら物凄い速さで逃げていく。昔はもっと人懐っこかった気がするけれど、どうしてこうなってしまったんだろう。寂しいなぁ。きっと心無い人が増えて、いじめられる機会が増えてしまったから人を怖がるようになったんだろうな。世知辛い世の中だな。

 

なんて思っていたのだけれど、待てよ、と気がつく。

 

もしかしたら、猫が懐かないのは自分に問題があるのかもしれない。

昔のピュアな自分と違って、もうおじさんになってしまった自分の心はどす黒く汚れていて、そんな心を猫は読み取っているんじゃないだろうか。それで警戒されているんじゃないか。

野良猫と対峙するとき、彼らはじっとこちらの瞳を見つめてくる。なんだか心が見透かされそうな気分になる。猫たちは瞳を覗き込む事で相手が純粋無垢か、それとも悪意や邪念を持った人間なのかを見極め、体を撫でさせるかを判断しているんじゃないだろうか。もちろん自分は野良猫に対して悪意を持って近づいたりはしていないけれど、それでも子供の頃の純粋無垢な心とは違う。猫はそれを読み取ることが出来て、それで安易に近づく事がなくなったんじゃないだろうか。

 

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猫に人の心を読み取る能力があるんじゃないかとは昔から漠然と思っていた。

第六感のような、胡散臭く言えば超能力のような力。これは猫に限った話ではなく、動物全般が持っている気がする。人智を超えた、何かしらの能力。

 

そう考える理由は簡単で、それは動物は言語を持っていないからだ。

 

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ドラえもんが四次元ポケットから取り出す道具の一つに「翻訳こんにゃく」というのがある。使用方法は極めて単純で、そのコンニャクを人や動物、もしくは宇宙人に食べさせるとあら不思議、その食べた相手の言語が理解できるようになるという未来の便利道具だ。

ただ、あのコンニャクには根本的な問題がある。アニメに登場する未来の道具にいちゃもんをつけることのナンセンスさは百も承知で言わせてもらうと、「翻訳こんにゃく」は外国人や宇宙人には使えても動物には使えない。なぜなら動物は言語を持っていないから。翻訳しようにも動物には言語体系がない。人間が聞き取る「にゃー」は猫にとっても「にゃー」であって、そこから感情は読み取れるかもしれないけれど、そこに言語が持つような法則はない。言語がなければ翻訳もできない。

(とはいえ、正確には動物も口頭言語を持っているらしい。でもそれは人間のように柔軟な言語体系ではない。)

 

 

動物が喋ることができない一方で、人間はいつの頃からか「言語」を手に入れた。

 

でもそれは、ただ手に入れただけなんだろうかと考えてしまう時がある。「言語」の代わりに失ったものはないんだろうか。振り返ってみれば、人間は進化の過程で色々なものを犠牲にしている。

例えば人間は二足歩行になったことで両手が自由になったけれど、代わりに腰回りが細くなり産道が狭まったから、赤ちゃんを未熟な大きさのまま産まなければならなくなった。脳が発達して賢くなったけれど、その代わりにエネルギー消費量が上がってしまい筋力を減らさなきゃいけなくなった。そうやって人類は、進化の過程で何かを手に入れる代わりに何かを犠牲にしてきた。

 

では言語は? 言語を手に入れた事で人間は何を失ったんだろう。

 

動物は鳴き声はもちろん、匂いや踊り、実際に触れ合う事でコニュニケーションをとる。イルカやコウモリは超音波を使う。超音波なんて今の科学であれば理解できるけれど、数百年前にはそれはテレパシーも同然だったかもしれない。

そんな未知のコミュニケーション手段が、見つけられていないだけで今も存在しているかもしれない。そして、そんな未知のコミュニケーション手段を、人間は言語を手に入れると同時に捨ててしまったのかもしれない。

動物が地震の前に騒ぎ出すのは何故?魚の群れが方向転換をするとき、先頭と最後尾が同時に同じ方向に向きを変えられるのは何故?オスの三毛猫は天気を読むことが出来るって本当?

動物の世界はわからない事だらけだ。猫がこちらを睨みつけている時、彼らなりのコミュニケーション手段でこちらの心を読み取っているのかもしれない。僕の心の中にはいろいろな邪念や言葉が渦巻いていて、そこに警戒心を抱いているんじゃないか。どうなんだろう。言葉でコミュニケーションをとってきた僕たちには、それはわからない。

 

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野良猫を見つけると、とりあえず鳥の鳴き真似をして注意を引いてみる。チュンチュンチュン。すると野良猫はこちらに気が付いて、じっと瞳を見つめてくる。にゃーん、こっちおいでー、と言ってみても動かない。数秒間見つめ合うと急にそっぽを向いてどこかへ行ってしまう。あーぁ。猫も人の言葉が理解できればいいのにな、そうすればもっと通じ合えるのにな、なんて思うけれど本当は違うのかもしれない。

本当は言葉なんてあるから猫と通じ合えないんじゃないか。

そう考えると、すごく残念だ。

僕たちが言葉と引き換えに捨ててしまったものは、多分、もう手に入れられない。