全ての音楽はラブレター理論

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夜、知り合いから買った豆でコーヒーを淹れてみる。

ミルでガリガリと挽いたその瞬間から、コーヒーの香りが部屋に立ち込める。普段インスタントコーヒーを飲んでいる身からすると、コーヒーを淹れる作業は一種の「儀式」に近い。インスタントな作業ではなく、しっかり手間をかけて珈琲タイムを迎える儀式。カフェインの持つ効能を踏まえれば、それは「宗教的」と言っても差し支えないと思う。

お供は自家製のスコーン。お気に入りの椅子に座って、音楽は、そうだな、カーティスメイフィールドなんかのニューソウルをうるさくない程度に流してみる。

それで完璧だ。何もかも完璧。

 

 

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先日、知人がやっている喫茶店で珈琲豆を買った。その場で焙煎してくれるというのでお願いをすると、その待ち時間の間に、僕が買った豆がどんな豆で、焙煎の仕方によってどんな味の違いが出るかの説明もしてくれた。ただ、正直なところ、そんな説明をしてくれても珈琲豆にはあまり興味がないし、多分覚えられないな、なんて思っていると最後に知り合いが「まぁコーヒーって何を飲むかじゃなくて、どこで飲むかが重要なんだけれどね」と言ってくれたので安心した。よかった。僕もそう思っていた。

珈琲道とでも言うのか、コーヒーにはやれ豆の種類はどうだとか、やれ淹れ方はこうだとか、そんな能書きが付いて回ることが多い。でも僕みたいな特別コーヒー好きでもない人からすると、そんなアテンドは大して意味をなさなくて、それよりもどんな環境で飲むかの方が重要だったりする。インスタントコーヒーでも自分のソファで好きな音楽を聴きながら飲むコーヒーは美味しいし、逆にいくら美味しいコーヒーでもクラクションの鳴り響く空気の悪い雑踏で飲んでいては美味しく思えない。「高級な豆」よりも「座り心地の良いソファ」の方がコーヒーにとっては重要だと思っている。

きっと何事もそうで、「道」が極まって芸術に近づけば近づくほど、重要なことを見失ってしまうもの。

ちょうど最近、音楽についても似たようなことを考えていたんだった。

 

 

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「すべての音楽(歌)はラブレター理論」という持論がある。

これは音楽の様式ではなくて、評価の仕方についての話。音楽の評価基準は沢山あるけれど、それはラブレターと同じなんじゃないか、という持論。

そもそも歌の起源を遡れば、神様への讃歌だったり好きな人への求愛の歌なわけだから、音楽はつまるところラブレターなんだと言っても、あながち間違いではないかもしれない。そう捉えた場合、音楽を評価するときに重要なことって何なんだろうかと考えると、それはラブレターと比較してみると明確になるのかな、なんて思っている。

音楽の評価は殆どのユーザーからの場合、良い曲だとか、良いメロディだとか、歌がうまい、演奏がうまい、なんて評価基準を設けられるけれど、「道」が極まったが故に、クリエイター達はリスナーの想像をはるかに超えるような評価基準に拘りを見せることがある。

例えば、最終マスタリングに何日も費やすなんてことはザラだし、音が変わるといった理由で電圧や湿度の違う外国で録音したり、少しでも機材の音を良くするためにマイ電柱を立てたりなんてこともある。僕個人としてはそういう拘りが好きだし重要だとも思うけれど、一方でそれは一部の音楽好きにとって重要なだけで、多くのリスナーにはあまり影響がないんじゃないかなとも思ってしまう。

そこでラブレター比較。仮にそんなクリエイターの拘りをラブレターで表現するならば、音楽でいう「音質が良い」とか「良い楽器を使っている」とかは、ラブレターで言うところの「紙質が良い」とか「使っている万年筆が高級」だとかいうレベルの話に過ぎないのかもしれない。これってラブレターの受取手からすると、結構どうでもいいことで、もっと言ってしまえば、ラブレターにおいては字の上手い下手も関係がないし、文章の良し悪しだってそこまで影響ないかもしれない。重要なのはそこじゃない。

ラブレターで一番重要なのは、誰が誰にどんな気持ちで書いたかだ。それが重要。どんなに綺麗な字で書かれたラブレターだろうと、好きでもない人がいい加減な気持ちで書いた文章なら何の価値もない。逆に言えば、好きな人が書いてくれたラブレターなら紙質の良し悪しなんて関係がないし、文章の上手い下手も関係がないどころか、一言「好きです」と書いてあればそれだけで十分かもしれない。

音楽だって実はそういうものなんじゃないかと思う。だからこそ音楽には「ポップアイコン」や「ロックスター」や「アイドル」が存在する。彼ら、彼女らが歌う歌が支持を得る。曲が良いとか歌が上手いとかは実際のところ(そこまで)関係がない。結局、誰が歌っているかが重要。

 

実は、これは僕自身が趣味で音楽を作っている時に「戒め」としていることでもある。部屋で一人PCに向かっていると、サチュレーターで倍音増やして‥とか、-3dB以上リダクションを起こさないようにして‥とか、どうでも良いような事(でも本当はどうでもよくない事)ばかり考えてしまうから、そんな時は頭の片隅でもう一人の自分が囁いてくれる。そんな事は重要じゃないんだよ、あなたが自分の音を出していることが重要なんだよ、と。

まぁ、自分はプロじゃないから聴き手の事なんて一切考えずに、自分の中の「音楽道」を極めてしまえば良いのかもしれないけれど、それだと終わりの見えない作業になってしまうから。

先にも書いたように「道」を極めようとすると芸術になってしまう。娯楽には答えがあるけれど、芸術には答えがない。つまり「道」を極める事は、答えのない迷路に入る事なのかもしれない。そうすると作り手と聴き手の剥離も生まれてしまう。そうやって作られたラブレターの需要なんて限られてるし、ラブレターマニア以外からしたら魅力的じゃない。きっと愛だって伝わらないと思う。

 

 

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そんな僕にとって、コーヒーで一番重要なことは「素敵な音楽」だ。

今日のBGMはCurtis Mayfieldの「So In Love」

最高のラブレター


Curtis Mayfield - So In Love