“本場”への違和感 ジャパナイズドカレーの未来

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一、二年前からカレー屋に行った折にはGoogleマップ上でその店にチェックを入れるという作業をしている。別に評価するとかではなく、ただ自分で行ったことがわかるようにチェックするだけ。近所の店だと何度も通っているから総数的には多くはないけれど、それでも30軒近くのカレー屋がチェックされている。カレー通の人には遠く及ばないにしても、一般の平均よりは随分とカレー屋に足を運んでいる方だと思う。

 

そんな自分が行くカレー屋のほとんどは店員が外国人のナンで食べるタイプのカレー屋だ。だいたいネパール人が働いていて、店内にはチョモランマの写真なんかが飾ってあって、本日のカレーとAセットBセットCセットがあって、モチモチの大きいナン(僕はそれを食べるためにカレー屋に行っているようなものだ)が出てくるお店。今、全国どこの都市でも雨後の筍のごとく増えている“本場”のカレー屋さんだ。そのことを人に話すと「あぁ本格的なタイプのカレーだ、本場のやつね」なんて言われるから「そうそう本場やつ」と合わせて返答をするのだけれど、内心その「本場」という言葉に引っかかっている。

 

というのも、あまり知られていないことだけれど、実はインド人ってあまりナンを食べない。日本人的にはナン=本場というイメージが付いているけれど、本場インドにおいてナンは高級料理店で出てくる程度のもので、一般家庭で食べることは殆どない。南インドに至ってはナンを食べる文化がそもそもない。つまりインドカレーのお店でナンが出てくるのは本格的なんかでは全然なくて、あくまでもジャパナイズされたカレーの食べ方ってことになる。ラッシーも日本の店ではどこもヨーグルトを薄めたような飲みやすいものにジャパナイズされているけれど、本場のラッシーはとても不味いらしい。もっと言ってしまえば、本場インドに「カレー」という言葉はなくて、外国人がインドの煮込み料理を総じて「カレー」と英名で呼んでいるにすぎない。呼称のことまで踏まえると、僕たちの食べている「本場のカレー」って何の事なんだか本当によくわからない。

さらに言うと、日本にあるカレーの主流である「欧風カレー」もまた無茶苦茶な代物だ。そもそもヨーロッパに欧風カレーは存在しない。あくまでも日本独自のカレー。インドの煮込み料理を「カレー」と呼んだイギリス人がブリットナイズ(そんな言い方は絶対にしない)してブリティッシュカレーを作り出して、それが日本に伝わって、日本独自の進化を遂げたものがカレーライス、欧風カレーだ。

だからインドカレーも欧風カレーも全部ひっくるめてジャパナイズドカレーと言える。本場なんて存在しない。インドカレーと言ったところで働いてる人の多くはネパール人だし。僕の住む名古屋は餡子やモーニングの文化があるけれど、以前行ったインドカレー屋さんではモーニングで餡子ナン(!)を提供するという、とんでもなくナゴヤナイズドしたカレー屋さんだった。もう本場がブレブレ。でもそれでいいと思う。

 

越境すると全てはナイズドする。音楽だってそうで、海外の音を真似たつもりが結果として日本のオリジナルになる、なんてことは当たり前の話。はっぴいえんどフリッパーズギターもそうだった。そういうものは新しくてオリジナリティがあって面白い。

だから、いわゆる“本場のカレー屋”が好きな僕はいっそのこと“本場”の冠を捨ててしまえば良いと思ってる。そうすることでナンで食べるカレーもラーメンやカレーライスのような国民食になれるんじゃないかと。現状でこそ“本場”は宣伝文句になるけれど、これだけインドカレー屋さんが増えてしまうと、数年後には“本場”であることに魅力は無くなって、いかにジャパナイズドできているかが生き残りのカギになるんじゃないかと思う。

これ、なかなか的を得ている考えな気がする。だから頑張れカレー屋さん。目指せ国民食。そうして、いつかコンビニで焼きたてのナンが購入できる日が来ますように!

自分はナンが好きだからたまにカレー屋さんへ行ってナンだけテイクアウトすることがあるんだけれど、あれ、ちょっと気まずいんだよな。コンビニで買えたらすごく助かるのにっていつも思う。