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起床。昼すぎ。灯油ストーブの匂いは冬の匂い。
だらだらと生活している。多分人生で一番だらだらと過ごしている期間だと思う。自分、それで良いのか?という問いはひとまず頭の片隅に追いやってどうにかベッドから抜け出す。寒い。
午後、祖母から頼まれていた吊り下げ照明の掃除を行う。脚立に登って、まずは埃を取ってから次に雑巾で水拭き。なんのことはない、ものの10分ほどで終了。おばあちゃん終わったよー、と声をかけると、ありがとうねーと言ってお礼に純金の小判を渡される。わけが分からない。
もちろん小判と言っても貨幣価値の無い記念小判。とはいえ純金。よく金は価値が下がることは無いから金に換えて財産を残している人がいると聞くけれど、まさかばあちゃんもそうだったのか。祖母的には財産分与の意味合いもあるとはいえ、掃除してお礼に純金小判を貰うとかもはやお伽話だ。あとは祖母が電球の神の化身か化け狸だったら本当にお伽話。でも祖母は間違いなく母のお母さんだし、小判も葉っぱに戻ったりはしない。ありがたい話だなぁ。まぁ保管しておく以外の使い道は無いけれど。
夜、コンビニでアイスを買う。冬のアイスは夏のアイスに負けじと美味しい。

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少し前からこっそりとInstagramを始めてる。それでつくづく思うのはInstagramってなんてスマートフォンに適したツールなんだろうということ。
というのも理由はあの正方形の画像。そもそもアップロードできる画像が正方形なのは、ウィキペディアによると「コダックのインスタマチック及びポラロイドのインスタントカメラに配慮して」ということらしいけれど、そんなことよりもスマートフォンで見た時のバランスの良さがきっと正方形の理由にはある。そして正方形の良いバランスだったからこそ、ここまで普及したんじゃないかと思う。
上下のバーと画像、そして短い文章とハッシュタグが一つの画面に綺麗に収まるあの感じの良さ。正直なところ個人的には最近16:9の画像比率が好きで、このブログではそれでアップすることが多いけれど、その比率をスマートフォンで見るとサイズが小さくなりすぎて見栄えがあんまり良くない。つまりこのブログってあまり見栄えが良くない。それに比べると正方形画像の収まり方、縦長の画面で大きく写るあのバランスは間違いなくスマートフォンにフィットしてる。さらに言うと文章の少なさなんかもそうだ。
それはTwitterにも言える事で、スマートフォンで見ると通常の設定でTwitterだと横20文字くらい、Instagramでも横25文字くらいしか画面に収まらない。これは長いセンテンスが入る長文を読むには全然適してなくて(例えばA4サイズで1200字のレポートを書くときは一行40字くらいだろうか)、その量は短文だからどうにか許される文字数だと思う。だからこそ短文が中心のTwitterInstagramスマートフォンの普及とともに利用者を増やしていった訳だし、一方でスマートフォンで読むには適してない長文のブログや16:9の画像なんかは淘汰される傾向にあるんじゃないかと思う。
で、だから何なの?って感じもするけれど、これって結構重要なことだ。文章や写真の投稿がスマートフォンでインスタントに出来るかどうかという事は、その表現された内容にも影響する。思ったことを直ぐに280字で表現したものと、家に帰ってから腰を落ち着けて字数制限なしで表現したものの内容が同じであるはずはないし、本人が同じだと思っていても受け手が同じに受け取るはずがない。PCなら16:9が理想だった画像もスマートフォンだと正方形にトリミングしたくなる。メディアはそこで表現される内容に影響を与える。当たり前といえば当たり前だけれど、これは結構多くの人が忘れがちな事。そして忘れると痛い目にあったり問題が起きる事。InstagramTwitterをやってみると、メディアリテラシーの基本に気づかされる。