#title {color:#666666;}

      • -


理屈で理解できない奴ほど、理屈をこねたがる
という自己分析

      • -


起床。 初夏。 薄曇り。
少し汗ばんで目が覚め、夏の気配。空はすっきりと晴れずに、心もどこかしら憂鬱な。
5月とはいえ自分の生活の中には5月病になる要因なんてこれぽっちも無いのに、それでも憂鬱な気分になるのは初夏の条件反射、パブロフの犬的な何かなのかもしれない。経験的に初夏は憂鬱だって体が覚えているのかも。迷惑な話。
午後、カレーを食べにいく。自転車。なんだか肌がむず痒くて、コンタクトの調子も良くない。ここ最近はいつもそんな感じ。これはどうもカモガヤ花粉なのじゃないかと素人診断。一度病院で診てもらうと良いのかもしれないけれど、それも面倒。あぁ、初夏が憂鬱になる原因がまた一つ。

      • -


過去を恥ずかしく思い出せるくらい成長できたら幸せだ。

      • -


高橋宏三 / エジソンやるだ

若者の間で人気のラップって音楽を作ってみたいけれど、トラックを作る為に必要不可欠なリズムマシンサンプラーを持ってない。というかそもそもラップなんて聴いた事がない。だからとりあえず身の回りの物を叩いてリズムを作って、それに玩具の銃や鈴なんかを適当に鳴らしてバックトラックに。あとは活動弁士のようにまくし立てればOK。リリックは都会に辟易して田舎に帰りそこで大発明をしてデッカいビルを建てようって男のロマン。途中のメロディアスなパートではどうしても馴染みのある演歌調になってしまうけれどそれはご愛嬌。ついでにミュージックビデオも作ってしまえ。
というノリで作られたであろう音楽。70歳の珍発明家、高橋宏三によるきっとこれも一つの発明。
素人目に見ても色々と足らない。そして未熟。でもそれが結構刺激的で、それはどうしてなのかと考えるに、そんな足らなさや未熟さからくる特異性が音楽にとってはとても重要なものだからなんじゃないかと思う。少なくともユースカルチャーとしてのポップ、ロックミュージックはそういった足らなさ、未熟さによって進化してきたといっても過言じゃないのだから。
例えば職業音楽家が音楽を作っていた時代、音楽教育を受けていない若者たちが3つのコードでロックンロールを作ってきたように。もしくはAORやハードロックのように演奏技術が無ければ成り立たない音楽が人気だった70年代、まともに楽器も弾けない不良がパンクミュージックを作ったように。また良いスタジオ環境で録音された良い音質の商業的ロックが流行っていた80年代、その対局とも言えるようなローファイで歪なオルタナティブロックが生まれたように。若者の音楽はいつだって、足らなさ、未熟さによって進化してきた。
今現在、パソコンがひとつあれば楽器を演奏できなくても音楽制作は簡単に行なえるし、ネットに繋げば過去の膨大な音楽遺産を気軽に聴くことができる。良くも悪くも足らなさや未熟さは失われつつある。そんな現代だからこそ高橋宏三の作ったこのDIY精神溢れるこのミュージックビデオは刺激的。足らなさ、未熟さが生んだカウンターミュージックの極地。ただ、ひとつ惜しいのは高橋宏三が若者ではなくて70歳のお爺ちゃんってことだ。