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春から夏にかけては空気が濁る。いや「濁る」なんて言い方はきっと適切ではないけれど、それでも冬に比べたら空気には水蒸気や不純物が多く含まれて寒い季節のような透明度は無くなる。
でも、そうやって空気が濁っていく感じは決して悪い気がしないし、それどころかその白くぼやけた感じにどこか安心感を覚える不思議。満たされる感じ。春の温もり。


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別に長期休暇があるわけでもないから旅行に行くことは出来ないけれど、せっかくゴールデンウィークなんだしということで江ノ島へ行ってきた。初めての江ノ島
想像以上に起伏の激しい地形で、しかも島を奥に進んでいくとそのまま島を一周して元の場所に戻ってくるのかと思っていたのに、島の奥は行き止まりでUターンして来たときと同じ階段を登り降りしなければならない事実にショックを受ける。って、たしか町田康もエッセイでそんなことを書いていたな。すっかり忘れていた。想像以上に体力が必要な観光地。
それでも天気に恵まれて海もキレイだったし、それに生しらすは絶品だし、なんだかんだで満足。

道中、平賀さち枝さんの「江ノ島」という曲を頭の中で流そうとしたけれど思い出せなかった。
そうそう、これだ

可愛い曲

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猫を抱いて像と泳ぐ / 小川洋子

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

作中に「ポーン」という名前の猫が出てきて、可愛い名前だな、と思う。チェスの駒に由来する名前。
前から思っていたのだけど、小説の中に登場する猫の名前は、例えば犬の名前がベンとかポチといったありきたりな名前なのに対して、その名前自体に意味が含ませてあったり、そこまでいかなくてもその小説世界を構成する重要な要素になっていることが多い。だから小説に登場する猫の名前ってのは記憶に残りやすい。今すぐに思い出せるだけでも「いわし」(村上春樹/羊を巡る冒険)、「ヘンリー4世」(高橋源一郎/さようなら、ギャングたち)、「ギャラクティカマグナム」(舞城王太郎/我が家のトトロ)、「うさぎ」(長田弘/猫がゆく)、といった具合。インパクトがあるし、その名前は小説の世界観を作り上げる大切な要因になっている。他にも漱石の「吾輩は猫である」やカポーティの「ティファニーで朝食を」では名前を持っていない、その事が重要だった。まぁ、だからどうって話ではないけれど。


ちなみに、実家で昔飼っていた猫の名前は「ポポ」だった。フランス語で「子供のうんち」という意味らしい。両親がそれを知ってて付けたとは思えないけれど、それにしてもヒドい名前。