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人が宗教を必要とする理由は、生き物で唯一、自らがやがて死ぬ事を知ってしまった動物だからだ

読んでいた本に書いてあったこの言葉に、妙に納得すると同時に、人間はなんて悲しい生き物なんだろうと思う。

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帰省。曇りのち雨。久しぶりに自分が参加しているバンドのライブ。転勤してから初めてのライブだから、かれこれ8ヶ月ぶりくらい。アマチュアバンドで8ヶ月もライブをしていないなんてそれは活動していないも同然のことだけれど、それでも観にきてくれる人、気にかけてくれる人がいるというのは本当に嬉しい事。久々に会う人たちと喋って(本当に良い人たちばかりだ)、いざライブ。
ライブの出来はさておき、やっぱりステージでの演奏は楽しい。普通に生きていたらステージに立つなんてそう滅多にある事ではないので、そう考えるとライブってのはちょっと特殊なものだ。非日常な行為。「非日常」って言葉は文化人類学民俗学なんかではとても宗教的なイメージのある言葉だけれど、バンドのライブはまさに宗教的儀礼なんじゃないかと思う。歌の起源はきっと神への祈りだし、どんな民族だって昔から音楽を通してトランス状態を味わい現世を離れようとしていた。そうやって人々は非日常を体感する事で日常を美しく、ハリのある物にしてきたんだと思う。宗教は神様がどうだという以前に、音楽を使って非日常にトリップするという大事な役割を担っていたはずだ。そう考えると、今現在、宗教が何の力ももたない僕ら若い世代にとって、音楽やそのライブはとても重要なものなのかもしれない。宗教の代用のような。
帰宅。シャワーを浴びて就寝。


起床。久しぶりに老人ホームに入っている祖母に会いにいく。祖母は相変わらず寝たきりで、僕が来た事も分かっているのか分からないのか、それすらよく分からない状態。とりたてて喋りかける話も無いので、ただぼんやりとする。妙に冷めきった空気。老人ホーム特有の匂い、病院とはまた違った、消毒液ともちょっと違う匂いが館内に充満している。何度来てもこの匂いには慣れない。雨がぱらつく。

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後、明日から仕事なので住んでいるアパートに戻る。新幹線を使ってもドアtoドアで3時間半くらい。
夜の8時にアパートの前に着いて、あれ、と気付く。鍵どうしたっけ?ポケット、鞄、どこを探しても鍵が無い。まさかと思い、実家に電話すると、やっぱり。実家にアパートの鍵を忘れてきてしまったらしい。まずい。大家の居ないアパートなので鍵を無くすのは結構まずい。すぐさま管理会社に電話して対応策を考えるも良い方法はなかなかみつからない。管理会社のこの町にある支店は営業が終わっており、朝まで待っていては明日の仕事に間に合わないし、なによりそこに合鍵があるかもわからない。鍵屋を呼ぶにしても結構なお金がかかるらしい。
んー、と考えたあげく、明日の仕事に間に合う事を第一条件に金銭的な事も考慮すると、今から地元へとんぼ返りするのが最良という結論に至る。今からまた帰省して、夜中に実家着、そして朝一番でまたこっちに戻って来る。正直、最良の選択ではあるけれど、精神的にも体力的にもお財布的にもダメージは大きい。が、そんなこと言っている時間もないのですぐさまバスに飛び乗って駅へ。深夜帰宅。家族に笑われるが何も言い返せない。就寝。
早朝起床。こんなに早起きしたのはいつ以来だろう。新幹線でまたとんぼ返り。こんなに無駄な時間とお金と体力の消費は精神的なダメージが大きい。気分が暗くなるし、それだけならまだ良いけれど、さらに不機嫌にもなってしまう。これは危険。前にも日記で書いたけれど不機嫌というのは伝染する。どうにか明るく努めなきゃ、と思ってバス停からアパートまでの道すがら気分を明るくするため、ふんふんー♪と鼻歌を歌ってみる。が、ダメだ。口をついて出てくるメロディーはマイナー調。