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結局のところ、僕は甘えているだけなのかもしれない
と、思ったりする

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暑さにかまけて日記を書いていなかった。それ以外にはとりたてて書かなかった理由はなくて、ただ暑くて、なんだか色々と億劫になって書いていなかった。
思うに人間は二種類に分けられる。夏が来て元気になる人と、夏が来て元気をなくす人。僕は圧倒的に後者で、夏になると元気をなくして全てのことに対しやる気を失ってしまう。倦怠の渦に飲み込まれる。アイスクリームみたくドロドロに解けてしまう。こんな人間は僕以外にも沢山いるはずなのに、それでも日本のGNPが下がる訳でもないのだから日本はたいした国だと思う。僕みたいな人間が多ければきっと日本は一夏で国としての機能を果たさなくなるんじゃないだろうか、そもそも暑くて能率が悪くなって経済が落ちこむって流れは至極当然な話じゃないのか、南北問題の原因ってつまりそれなんじゃないか、とかそんなこと考えていたら九月になっていた。
今年も夏が終わる。

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夏の間に何があったのか思い出してみても、まぁ例年通り僕の人生にはたいした起伏もなかった。が、ひとつ変化を挙げると、夏の終わりに仕事の関係で引っ越しをする事が決まった。26年間で初めての引っ越し。場所は富士山にほど近い辺鄙な場所で、きっと今僕の暮らしているところから比べると十分すぎるくらいの田舎町。周りの人は口々に、きっと良いところだよ、なんて言ってくれるのだけれど、僕の心はただひたすらに憂鬱だ。「憂鬱」以外の言葉が見当たらなくて、もう探すのも諦めた。

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数週間前、部長が「ちょっとちょっと」と僕を呼ぶので何かなと思って話を聞くと「異動だよ、遠隔地、富士山の近くなんだけれど行ってくれるよね」と、それはもう「はい」と即答してしまいそうなほど、さらっと簡潔に告げられた。けれども僕には僕の事情もあるので「すぐ返事しないと駄目ですか?」と訊ねると「できれば今日」と返答。なので「それは無理です。2日ください。」と言って時間をもらう。席を立つときに部長が心配そうな顔で「それは断る可能性もあっての2日なのか?」と訊ねる。うん、そうですね。
他の会社はどうか知らないけれども、少なくともうちの会社では異動を断る事と会社を辞める事はほぼ同義だったりする。創業90周年にもなる会社なので体質が古いのかもしれない。もちろん断る事が理由で解雇される訳ではないけれど、会社に居づらい待遇を受けたり出世に響いたりとか色々な理由があって、断った人のほとんどは辞めるのだという。会社ってそういうものだよ、とみんなは言う。じゃあそこで僕には会社を辞めてまでも今の土地に残らなけれならない理由があるのか、仕事と天秤にかけるほど重要なものがあるのか、と言ったら実はある。断言はできないけれど、希望的に天秤にかけたいものがある。
恥ずかしながら僕は26歳という年齢にしてバンドやっている。それもロックというお世辞にも品が良いとは言えない音楽をやっていて、月1でのライブと数回の練習をライフワークとしている。端から見たら世にごまんといるただのアマチュアバンドだ。誤解されたくないのは別にロックスターになって金持ちになって女をはべらせて薬をやってイェイ、ってのを目指している訳ではないってことで、僕はただ単純に好きで楽しくて自分が良いと思えるものが作りたくて、それを共に行なえるメンバーがいるからやっている。そこで作った音楽に共感してくれる人がいれば万々歳で、さらにお金が発生するならなお良いと思う。そんな気持ちでバンドをやっている。今回、僕が転勤で引っ越さなければならなくなると、そのバンド活動に支障が出るのは明白だ。仕事の関係上、土日がいつも休みで地元に帰ってこられるわけじゃなく、今後の予定もわからないので当面はライブのめどが立たない。実質的に活動は休止状態になる。アマチュアバンドの活動休止なんてのは解散と紙一重だ。つまり、僕は選択を迫られる事になる。いや、正確には自分で天秤にかけたんだ。仕事を続けてバンドを停滞させるか、仕事を辞めてバンドを続けるか。
正直、今の仕事が好きという訳ではない。未練もない。やらなくていいと言われればやらないし、定年までこの仕事を続けたいかと言えば、それは絶対にない。僕は仕事よりプライベートの充実を優先したい。プライベートを充実させるために必要にかられて働いているような感覚だ。けれども、なのだ。今の時代、正社員として4年働いた会社を辞める事のリスクは大きい。再就職先が簡単に見つかる訳でもない。これといった資格もない自分を受け入れる器の大きさが今の日本にあるのかわからない。
部長から頂いた2日間、そのことについては考えたくなかったのでほとんど何も考えなかった。2日目の夜、バンドの練習が終わってメンバーとも相談していよいよ答えを出さなくてはいけなくなったときでも冗談を言っておちゃらけてしまって答えが出せなくなる。そんなこのバンドが愛しくなる。帰りの車の中、メンバーの「移動したら実質、解散だよ」という言葉が心に響く。
帰宅すると父親が起きていて「まだ悩んでるのか?引っ越してから考えれば良いのに」という。父の考え方はスマートだなと思う。そうだね、と力なく答えて自室へ戻る途中、突然涙があふれてきてちょっと焦る。泣くなんてまるで青春じゃないか!と、恥ずかしくなる。と同時に、あぁ泣くってことは頭では悩んでいるけれど、心では決まっているんだな、と気付く。

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二週間後に引っ越しが迫っている。住むところも決まった。僕は引っ越しをするけれど、バンドを続ける道を探る。時間や労力や交通費はどうにか捻出する。ただそれでもバンドの活動に支障が出る事はさけられなくて、それが心から辛いし、悔しい。自分のライフワークとしているものが多少なりとも犠牲になるのが悔しいし、メンバーに迷惑をかける事も悔しく申し訳ない。それになりより、仕事を辞めてまでもバンド活動をしようと思えるほどの、自分の音楽に対する自信がなかったことが悔しい。たぶん、それが一番悔しい。
社会人になっても音楽、とくにバンドを続けるのは想像以上に難しい。事実、学生のときから26の今になるまでの間、望まないかたちで解散したバンドを幾つも見てきた。自分がそんな「望まないかたち」になって初めてバンドの難しさに気付く。
青春ごっこってこんな風に終わるのかな、大人になるってこういうことなのかな、なんてことを、ふと思ってしまう。