なんて退屈な午後

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知り合いの車の中でフリッパーズギターを聴きながら「そういえば、このアルバムを作ったときってオザケンコーネリアスもまだ大学生だよね。俺達と同い年だ。」「‥あぁ‥そうだね」って会話。
僕たち、歳をとりすぎました。

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「人生は何かを為すにはあまりに短く、何かを為さぬにはあまりに長い」
という言葉があって、昔は「正にその通り!」と頷いていたのに、最近はこの言葉が言い訳くさく聞こえるようになった。まるで、時間さえあれば何かを大成することができる、とでも言うような。責任を時間へ転嫁しているような。たぶん出来る人は時間が無くても出来るし、出来ない人は人生が倍の長さあったとしても出来ない。これは、とてもネガティブな考えかもしれないけど、でもそう思わざるを得ない年齢にはなってきている。21歳。もし才能があるのなら、それが開花していても良い年齢だ。もし余生があと200年あるといわれても、僕には何かを為す自信はない。だって、今のところ何の才能も見受けられないのだもの。 あー残念だ。 後は努力するしか何かを為す方法がないみたい。でも、そって苦手分野。 なんて自分は「へたれ」なんだろう。 

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時間が余るとマイナスイメージばかり浮かんで困る。